fuga A.O ~HIP HOP BLUCE MAN~

ラッパーでハーモニカ吹きのfuga A.Oのブログ

fuga A.Oの半生 ~第3章~

fuga A.Oの少年時代。


小学生6年生までは特に何の問題もなく、激しく感情が動いた事もなかった。
そりゃ負ければ悔しいし、誉められれば嬉しかったけど、激情はなかった。


家ではファミコン、外ではドラゴンボールドラゴンクエストごっこ、ザリガニ釣り、、などした普通の小学生。

小学6年生になるとませてくる。
いわずもがなだ。

まずエロ分野

これを赤裸々に語るのは野暮だが、触れておく事で時代背景がわかる。

小学生6年までは河原や原っぱに落ちてるエロ本を見たり見なかったり(笑)
逃げたり、こっそり見て、もう一回見に行ったり。。ドラゴンボールのセクシーシーンを見たり。。これは当時の子供ならば皆やってた事だろう。


小学六年生の時の冒険といえばエロ本を自販機で買った事だ。(今は自販機みかけないねぇ!)

友達3人で金を出しあって、こっそり!
結局少し見ただけで言い出しっぺの奴が持って帰り一回恥ずかしがりながら見ただけ!
この思い出はかなりドキドキしたので覚えてる。

ちなみに自販機のエロ本は高校生まで買ったかも、やはり18歳未満だったし店で買う勇気はなかったから。




あとは小学生6年生は喧嘩が激しさを増してくる。顔面を殴る奴も現れてくる。



自分は主にクラスの友達は四人くらいで遊んでたグループだったけど、ある時その他男子と四人グループが対立してしまった。

特に自分含む3人がやられた。

リンチとかにはならなかったけど、ボロボロに負けて悔しくて悔しくて3人泣きながら帰った。ここまで悔しかったのは生まれて初めてだった。


小学生ながら強く生きたい!と思った瞬間でもある。ちなみに卒業文集には将来の夢に、「会社員」と書き、寄せ書きには「探検家」と書いたようだ。

会社員の夢は叶ったぞコンニャロー。もっと大志を抱け!とガキの頃の自分に説教してやりたい。そして探検家にはなれなかった。というか、小学生以降なりたいと思った事ないな。


卒業文集といえば、「クラスの皆何でもベスト3」みたいなコーナーがあった。

クラスの人数は40人。1人は今でいうならば特別学級の障害者。
おそらく作った奴は39人と勘違いしてたのか?全員がベスト3に入るように13項目のベスト3が作られてた。13×3=39人

頭の良い人ベスト3
足の速い人ベスト3
優しい人ベスト3
手がでかい人ベスト3
絵の上手い人ベスト3
などなど

自分は何のベスト3かなー?
と探した、探した探した。無くした宝物のように探した。

新聞の隅、向かいのホーム、明け方の街桜木町、、こんなとこにいるはずもないのに!!


ない、、、




クソがーー!!!


40人中最下位だった。

忘れられていた事が何よりも悔しかった。


そんな小学生時代だった。

全てにおいて普通。どんなジャンルでも最高位でも4位だったのかもな。


誇れる特技もなくやり遂げた事もなく。目標もなくのらりくらりと暮らした。

果たして中学生で挽回できるかな?



■■■続く■■■